主任研究員、うちだです。
今日は昼間カープのボロ負け(笑)をインターネットラジオで確認し、
夜はこんなイベントに出てきました。
綱島理友のトークイベント・第6回広島東洋カープのユニフォーム史
http://www.ritomo.jp/rbc/rbc01.html
1月から始まったこの企画、毎回出るというわけにも行かなかったため、
その1月以来の出席となりました。
イベントといっても、前回同様大学の教場のようなところで、
出席者は9人のみ。
自分以外は綱島さんの研究に心酔(?)している人で、
たぶんカープファンは自分だけだったんじゃないでしょうか?
カープのユニフォームに限らず、球団旗やカープ坊やまで
意匠学的にクローズアップした講義でした。
綱島さん曰く、カープは意匠学的に一貫したコンセプトを持っている
ということのようです。
確かに今のビジターユニフォームの「Hiroshima」の筆記体のロゴも
40年以上も前から使われているものであったりします。
対比的にベイスターズやスワローズなどコロコロ変わるユニフォームのことを
取り上げてましたが…(苦笑)。
その一方で、創成期のカープはユニフォームもロゴも毎年のように変わって
いるのコトも指摘していました。
しかも一番面白かったのは、昭和26年頃の写真を見ると
「Carp」の胸のマークが選手によって
第1ボタンの下にあったり、第2ボタンの下にあったりと
バラバラだったというエピソード(苦笑)。
球団からユニフォームの完成品が支給されたのではなく、
胸マークを各自ユニフォームに貼り付けたのではないかということですが、
中学生が体操着にゼッケンを付けるような感覚ですな。
これは自分の私見ですが、このころは意匠学という概念もなかったでしょうし、
なにより球団存続が出来るか否かの資金難の中では、
そんな細かなことにまで手が回らなかったのではないでしょうか?
カープ球団にはユニフォームを残していた職員の方もいたそうですよ。
残念ながら球団事務所の引っ越しを繰り返しているうちに
無くしてしまったそうですが…。
ほかにも色々話があって書きたいことは山ほどあるのですが、
割愛させて頂きます。すみません。
今日、綱島さんの意匠的にみた球団史の講義を聴いて
自分などはファッションセンスがないこともあるのですが(笑)、
プロ野球の長い歴史によって、野球そのものだけでなくそれを取り巻くもの
へ目が向き、一つの球団だけでも2時間も講義を楽しめてしまえるほどの
文化的価値も生んでいるんだなと思いました。
そういえば、カープならではの面白いエピソードといえば、
市民球場のスコアボード。今の電光式はもちろんですが、
手動式の頃から、カープの「C」マークはもちろんのこと
相手チームのマーク「YS」「CD」なども忠実に似せたマークが
点数表示欄に掲示されていました。
手間を考えれば「S」や「D」でもコトが足りるものですが、
一つの遊び心が感じられますし、相手チームへの敬意も払われている気がします。
じぶんも「エポック社の野球盤」のスコアボードに入れるマークを作るために
他球団の帽子のマークの書き方を練習したもんなぁ(笑)。
これって、市民球場のスコアボードを観て育ったカープファンならではなのかな?
いつ頃からこういう風になったんだろう?
あ、これって、新しい【鯉隊総研】の研究テーマかもしれません!(笑)